努力なしに優れたフォームは身につかない

先日、アスリートの為末さんと食事をしながらスポーツ選手のフォームについて話をした。

為末さんと知り合ったのは、今年の2月に開催されたグロービス主催のG1サミットだ。

G1サミットの参加メンバーで雪合戦をしたときに、同じチームになったので、勝つための戦略を一緒に考えたのはとても楽しかった。

また、認知科学とスポーツについてや、米国ではスポーツ選手は引退後も生活を維持する仕組みができていることなどについて話をした。米国では、スポーツ選手は文武両道である必要があり、オリンピックチームに入るためには学業においてオールAでなければならないのだ。残念ながら日本にはこういった仕組みがないため、引退後は不安定な生活を送っている元スポーツ選手は多い。これは日本がこれから考えていかねばならない一つの問題と言えるだろう。

為末さんと私はお互いに専門分野は異なるが、ともに日本や社会を良くしたいと考えている。そして好奇心が旺盛で、新しいことを学ぶのが大好きだということが共通している。私個人は、音楽、スポーツ、芸術をサポートしたいと考えており、人種、民族、言語、宗教などを越えて共感できる非言語依存コミュニケーションが可能な価値観の推進に興味がある。

このG1サミットがきっかけとなり、私が日本に帰ってきたタイミングで為末さんの都合が会えば、会食をするようになった。大抵は、どのように日本の社会を良くして世界に必要とされる国にすればいいのか、そして、私が研究してきた遺伝学、進化学、脳科学の話をする。為末さんからは、スポーツ選手の上達方法から、メジャースポーツでは当たり前のベストプラクティスが、マイナースポーツでは普及しておらず、まだまだ改善余地があり劇的に強化できる可能性が沢山あるという、大変興味深い話を聞かせていただく。

今回は、スポーツ選手の多くは無意識によりよいフォームを身につける能力をもっているという話を伺った。優れた選手は、練習を重ねながらその能力を小脳から引き出して、何故、このフォームが優れているのかを自己分析し、さらに改良して小脳に戻すことを繰り返して上達していく感覚があるのでは、という。 例えば、陸上競技であれば、手足が長い人と短い人で振り子の振れ幅が異なる。どうやって効率よく、より早いスピードで手足を動かすかを考えないと良いフォームを作れないということだ。

新しく試みたフォームには、実はパフォーマンスを落とす結果につながるリスクがある。優れた選手は、その直前のフォームに戻すことができるのだが、中には直前のフォームが分からなくなり元に戻すことができない選手がいる。元に戻せないどころか、どんどん悪いフォームに陥って自滅して引退してしまう選手も数多くいるそうだ。自分のフォームを客観的に認知し、分析できない天才型は突然だめになる可能性が高いという。長期的に見ると努力を重ねる秀才型の方が着実にフォームの改善に成功していると伺った。これはスポーツに限らず、何かを極めるうえで、普遍的なことではないだろうか。