法政大学にて

2017年10月11日(水)、法政大学人間環境学部の人間環境セミナーにて、「米国医薬品開発とイノベーション」というテーマでゲスト講師として登壇させて頂きました。

18:30からという遅い時間からの授業にもかかわらず、学生300人の定員に対して、聴講希望者が450人にも上ったとのことで、会場は若者たちの熱気であふれ、私も彼らの期待に最大限応えられるよう気合いを入れて挑みました。

Housei1.JPG

今回の講義は、自己紹介の後、大きく二つのパートに分けてお話ししました。

第一部では、医薬品開発とはどういうものなのか、バイオベンチャーとは何なのかという医薬品を取り巻く環境について、第二部では、「始点は⽇本、視点は世界」というタイトルで、自己紹介を詳しめに幼少期から大学、渡米して起業までのプロセスを含め、なぜこのような医薬品開発の仕事をするようになったかというお話をしました。

Hosei2.JPG

まず、医薬品開発の成功確率について。一般的にはあまり知られていないですが、開発を始めてから医薬品がこの世に出てくるまで12年もかかります。航空機や車、電化製品の開発に比べてもはるかに長い時間を要します。

医薬品は体の中のタンパク質に対して化学物質が結合して薬理作用が出るというものなのですが、その化合物を発見する確率は、1万~3万化合物の中のひとつくらいしか薬になりません。時間もかかる上に気の遠くなるような確率です。石油を掘り当てるよりも確率が低いと言われています。

また、医薬品の開発コストについても年々上がってきており、1つの医薬品(化合物)の開発につき3000億くらいのコストがかかります。ということは、我々のようなバイオベンチャーでも3000億円の開発費を捻出しなければいけないということになります。

アメリカではバイオベンチャーにも大手と変わらない開発費が与えられます。なぜなら、年間20数個の新薬の半分以上バイオベンチャーから生まれているからです。

なぜバイオベンチャーで多くのイノベーションが生まれるのか。

それは大きく2点あると思っており、まず一つにベンチャー起業にはいろいろな価値観が融合することで新しい価値観が生まれる環境があるということ。ベンチャー企業では文系も理系もバックグランドも違う人たちが同じフロアでデスクを並べて、仕事をしています。

もう一つは限られた資金の中でやっているので失敗すると会社が潰れるというプレッシャーの中で仕事をしていることによって、意思決定の精度が確実に上がっています。

現在は圧倒的にアメリカから生まれる化合物が多く、次いでヨーロッパ、スイス、ドイツ、日本となっています。日本にはまだまだポテンシャルはあるので、将来的に日本でも基幹産業にしていければと思っています。

Hosei3.JPG

私は、父親の転勤で通ったアメリカでの小学校時代にアメリカの教育ではその思考に至るまでのプロセスを大切にし考えることを重要とすることに衝撃を受け、いつかアメリカで働きたいと思っていました。ただ、帰国してからの学生時代から渡米するまで紆余曲折あり、慶應義塾大学の医学部時代も難易度が高い新しい遺伝子を探す研究に取り組み、失敗ばかり繰り返し卒業まで7年半かかりました。

その後、遺伝子研究と並行して臨床医としても研鑽を積み、ワシントン大学に行く機会を得て、さらにはその場所で起業する機会を得たのですが、起業してからも失敗と挑戦の繰り返しでした。一見華やかに見える海外で働くことや起業することは決して楽ではありません。しかし、今回お話ししたイノベーションを生み出す環境や努力が評価される環境はたくさんあります。もし、今回聴講してくれた学生の中で、「将来海外で働きたい」、「起業したい」と思っている学生がいたら、失敗を恐れずにやりたいことにどんどん挑戦していってほしいと思います。